『スパイダーマン: アクロス・ザ・スパイダーバース』制作におけるNuke、Mari、Katanaの活用

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ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスが創り出す独特のビジュアル表現

2024年アカデミー長編アニメ映画賞ノミネートやVESアワードで4冠を達成するなど、数々の栄誉に輝いた『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、アニメーションの新境地を拓いた。

前作『スパイダーマン:スパイダーバース』で、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスは、ルックデベロップメント、ライティング、テクスチャリングのアプローチを完全に刷新し、原作コミックの世界をそのまま映像で表現。そのビジュアルスタイルを基に、前作から18ヶ月後を舞台にした『アクロス・ザ・スパイダーバース』では、NukeMariKatanaを使用して、グウェンの世界からムンバッタンの街まで、新たな世界を構築した。コンセプトアートの多くは、70年代のスパイダーマンのビンテージコミックにインスパイアされたものだ。

Pavitr Prabhakar as Spider-Man in Mumbattan

多くの作業がライティングの段階で行われ、コンポジティングの作業が限られている従来のアニメーション映画とは異なり、『スパイダーマン: アクロス・ザ・スパイダーバース』では、コンセプトアートのアイデアを実際の制作に落とし込むために、まったく新しいアプローチが必要だった。

「『アクロス・ザ・スパイダーバース』の最終的なルックは、テクスチャリング、ライティング、エフェクト、コンポジティングのバランスを慎重にとる必要がありました」と、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのコンポジティング部門責任者Marco Recuay氏は説明する。

ブラシストロークの革新とツールの開発

この映画の独特なスタイルにより、チームは多くの重要な問題を解決する必要があったが、中でも最大の課題となったのがブラシストロークだ。チームは、イメージワークスのBrush Bomberツールを使った初期テストを基に、KatanaのOpen Shading Language(OSL)ノードであるこのツールをNukeのBlinkScriptsに移植し、ネイティブなGPUサポートを活用した。これにより、毎秒複数フレームで45レイヤーのブラシをレンダリングできるようになった。

さらに、ブラシストロークがアニメーション内で自然に動くように、アニメーションのサポートを追加した。この追加機能を含む開発作業はすべてNukeのBlinkScriptsを使用して行われ、その後、プロジェクトはNukeの開発チームに引き継がれた。Nukeの開発チームは、Nuke Development Kit(NDK)を使って、その機能をC++で実装した。

Quote from Marco Recuay, Head of Compositing, Sony Pictures Imageworks: The final look of the Spider-Verse required a careful balance between texturing, lighting, effects, and compositing

「NDKノードは、何千台ものマシンがレンダリングを行う大規模な環境で、より良いパフォーマンスを発揮します」とRecuay氏は説明する。

こうして、Nuke内のインタラクティブツールを使用して、特定の領域や境界線内に正確にペイントすることができるようになったが、ブラシをジオメトリに動的に適用して、境界を越えて広がるようにする必要があったため、その方法を模索し始めた。その結果、このプロジェクトで使用されているブラッシングの大部分である40以上の個別ノードを集めたStroke Systemが開発された。このモジュラーシステムは柔軟性が高く、ノード間でデータを渡すことができるため、同じ入力データを使用してもまったく異なるルックを実現することができる。

「Stroke Systemがさまざまなルックを再現できるようになったため、それまで使用していた高価な3Dレンダリング手法を、より安価でインタラクティブに変更可能なコンポジットソリューションに置き換えることができました」と話すRecuay氏。

Miguel O'Hara as Spider-Man first pass image
Miguel O'Hara as Spider-Man final image

手描き感を表現するために、イメージワークスのヘアシステムを使ってストロークの分布を調整し、カスタムOSLツールを組み合わせてサンプリングとレンダリングを行い、テストを行った。この手法を使って、グウェンの世界の初期ショットや、ミゲルのスーツのペイントされたハイライトのレンダリングが行われた。ミゲルの顔については、Nukeの初期バージョンを使ってカーブを描き、それをモデルにリギングして、OSLツールを使ってKatanaでレンダリングした。このカーブシステムは、ストロークシステムが成功したのを受けて、モジュール化できるように構築された。

新しいラインツールの開発

活気に満ちたムンバイの文化とマンハッタンのモダニズムを融合させたムンバッタンの制作にあたり、アーティストたちは1970年代のコミックからインスピレーションを得て、粗い紙質や印刷のズレなど、当時の特徴を取り入れた。簡素化されたカラーパレットにより、ほとんどのディテールがインクラインによって表現されることになり、チームはKismetと呼ばれる革新的なプロシージャル描画ツールを開発して、アーティストがインクのアウトラインを自在にコントロールできるようにした。

Pavitr Prabhakar as Spider-Man in Mumbattan

「インクラインをスケッチ風にしたり、オブジェクトの縁を越えて延ばしたり、必要に応じて異なるラインスタイルに合わせたりといったことができました」とRecuay氏は説明する。

伝統的な印刷コミックの再現

Nukeでカラーマッピングを行う際、チームはCMYK印刷プロセスを模倣するために、「ずれ」や「歪み」も再現できる新しいセパレーターツールも開発した。しかし、画面上で従来の印刷フォーマットをシミュレーションすることにより、加法混色と減法混色の問題に直面することになった。

従来のコンポジティングは加法混色で、赤、緑、青を組み合わせると白になる。一方、ペイントやインクの場合はその逆で、原色を組み合わせると黒が生成されるため、減法混色ではシアン、マゼンタ、イエローを原色として使用する。

加法混色システムで出力が白に偏るのを防ぐため、チームは新しいPigmentMergeノードを作成し、NukeのRGBシステムを使用しながら正しいカラー結果を適切にマッピングした。これはBlinkScriptノードの一種で、他にも多くのBlinkScriptノードがプロジェクト全体で幅広く使用された。

Quote from Marco Recuay, Head of Compositing, Sony Pictures Imageworks: Nuke is great for experimental look development like this because even a very complicated setup can be wrapped up into a more simplified node user interface...

「最終的にC++に変換されたノードのプロトタイピングにBlinkScriptを使用しただけでなく、多くの制作ツールをBlinkScriptのままで使用しました。これは、BlinkScriptはGPUアクセラレーションをネイティブにサポートしているため、ツールの操作性が高く維持されたからです」とRecuay氏は説明する。

インクハッチングによる陰影表現

スパイダーバースのもう一つの重要な特徴は、手描きの線を使って絵に陰影をつけるインクハッチングだ。マイルズの世界では、ハッチングで光の効果を表現し、ハッチラインを使って影を作り出した。Nukeでインタラクティブに動作するハッチングツールをいくつか構築し、作業中にリアルタイムでハッチング効果を調整した。

Miles Morales in first pass of scene
Miles Morales in final scene

しかし、このプロジェクトでは、インクのハッチングがキャラクターそのものの一部となることが多く、特に複雑だった。例えば、スカーレット・スパイダーことベン・ライリーのコンセプトアートでは、筋肉の曲線に合わせてハッチングラインが方向を変えるように描かれており、筋肉の立体感や動きがよりリアルに表現されている。

Recuay氏は、「これは、光の当たり方やキャラクターの動き、変形にテクスチャが反応する必要があったため、単なるテクスチャソリューションでは不十分でした」と話す。「この問題に対処するためには、複数の部門が協力する必要がありました。テクスチャアーティストがMariでカスタムフローマップを作成し、ライティング担当がこのマップを使って、Katanaで特別なオクルージョンを持つフレネルマップを生成しました。そして、これらのマップをコンポジット部門に渡し、カスタムのグラデーションハッチングツールを使って最終的なインクハッチングを行いました」。

水彩やインクの質感の再現

プロジェクトのもう1つの重要な課題は、伝統的な印刷コミックに見られる、流れるような水彩画の質感、滴る絵の具、滲むインクを再現することだった。これは特に、スーパーヴィラン、スポットを制作する上で重要だった。スケッチ風の鉛筆線、白いアクリル絵の具、体中にあるたくさんのインクの斑点が、このキャラクターの特徴的な外見だ。

チームは、デジタルペイントのブラシストロークをRebelleペイントシミュレーターに入力して、ストロークの濡れ具合、重力、吸収を調整し、その結果をコンポジットでレイヤーするための要素として活用した。これを補完するために、MaskToInkというNukeツールを作成し、シンプルなマスクをまるで濡れたインクで描かれたようにレンダリングできるようにした。

First pass image of The Spot using an ATM in a convenience store
The Spot using an ATM in a convenience store, with spots and 3D effect added

Recuay氏によれば、「このツールには、ペイントする表面の濡れ具合や乾き具合に応じて、インクがどこに、どれくらい広がるかを制御する機能がある」という。「Nukeは、こうした実験的なルック開発に適しており、たとえ複雑な設定が必要な場合でも、アーティストが使いやすいようにカスタムコントロールを備えた、よりシンプルなノードベースのユーザーインターフェースにまとめることができます。複雑なテンプレートを学ぶ必要がないのです」。

絶え間ないイノベーション

過去5年間にわたるノンフォトリアルなツールの継続的な開発により、イメージワークスはNukeのツールセットを100以上の個別ノードとツールにまで拡充した。上記の例は、チームが『アクロス・ザ・スパイダーバース』の独特のビジュアルスタイルをどのように作り出したか、そしてNuke、Mari、Katanaがどのようにしてその継続的なイノベーションを可能にしたかを垣間見せてくれる。

Recuay氏は次のように話します。「毎日、アーティストが新しいアイデアやツールの新しい使い方を思いつくんです。クリエイティブチームには、想像力を発揮し、限界に挑戦し、これまでにないアイデアを探求する自由がありました」。

Nuke、Mari、Katanaを最大限に活用する方法については、Foundry Learnをご覧ください。