マルチな才能を持つアーティストを支えるクリエイティビティとテクニカルスキル
「実際の映画よりもVFX映像の制作に興味があって、ゲーマーでもありました。VFXは二つの世界の融合だと思っています」とAli Ehtemamiは言う。
音楽に合わせて動画をスティッチしたり、シンクしたりといった趣味から始まったものに、すぐに夢中になり、それがキャリアへと発展。現在、Image Engineで長編映画やエピソード番組のリードコンポジターを務めるAliは、ソフトウェアエンジニアリングの学士号を取得したところからキャリアをスタートした。
在学中にVFXコンポジターとして働き始め、シニアコンポジターや現場での撮影監督として大きなプロダクションでキャリアを積み重ねた。経験と自信をつけた後、オーストラリアへの移住を決意し、Rising Sun Picturesに入社。そこで、『ブラック・ウィドウ』や『モータルコンバット』など、2020年、2021年の大作に携わった。
「レトロゲームの『モータルコンバット』は好きな作品の1つだったので、その映画制作に関われたことはとても良い経験になりました」とAliは言う。その後、遠くカナダに渡りFolks VFXで『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の制作に参加する。
AliのクリエイティビティはVFX制作だけにとどまらず、写真やビデオの撮影、音楽など多岐な方面で発揮されてきた。「VFX業界に入る前はドラムを演奏することが人生の大部分を占めていましたが、何年も経ってから再び電子ドラムを始め、仕事の後の時間は音楽を演奏して過ごしています」。
これまでのキャリアの歩みや手がけたプロジェクト、Nukeの活用、VFX業界の今後について、話を聞いた。
Q: VFX業界で働きたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
A: 簡単に言ってしまえば、『マトリックス』のメイキング映像がきっかけです。特に、そのメイキングドキュメンタリーを見たことで、VFX業界への興味が強まりました。
Q: 最初に携わったプロジェクトは何でしたか。
A: プロとしての最初の仕事は、『チェ』という長編映画でした。35mmフィルムで撮影されたもので、スキャンした画像をレタッチするのが私の仕事でした。
Q: 『セールスマン』や『ブラック・ウィドウ』、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』など、これまで多くの有名プロジェクトに携わってこられていますが、最も気に入っているプロジェクトと、その理由について教えてください。
A: 私にとっては、どのプロジェクトもそれぞれ貴重な経験になりました。『ジャングル・クルーズ』は、初めて携わった超大作でしたから、やりがいも大きく、新たな道を開くきっかけになりました。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、大作のコンポジットリードとしてより多くの責任を負うことになり、これも非常に貴重な経験でした。
Q: 『セールスマン』ではアカデミー賞をはじめ、Nuke Competition 2017のBest Use of Smart Vectors賞など、いくつかの賞を受賞されましたが、その後仕事上どのような変化がありましたか。
A: 業界トップの人たちと仕事をすることで、仕事の水準が高まりました。どの作品、どのショットにもそれぞれ課題がありますが、最終的には解決しなければなりません。企業がキャリアのある人と仕事をしたがるのは、必ずしも過去の業績に目を向けているわけではなく、目の前の作品にどう貢献してくれるのかという期待からのことでしょう。
Nuke Competition 2017は、Nukeで何ができるのか、特に当時新しいツールであったSmart Vectorを探究する良い機会になりました。
Q: 仕事に集中するうえで役立っていること、集中力を高め、アイデアを明確にするためのルーティンはありますか。
A: 作品全体の雰囲気や歴史を把握することは、良いことだと思っています。私は通常、まずシークエンスの編集リファレンスを確認し、作品のイメージをつかみます。そして、露出を調整して色を合わせ、プレートに合わせてレンズ効果を再作成して、ファーストパスコンプを作り始めるのです。もう一つは、いちばん単純な課題から始めて、いちばん簡単あるいは賢明な解決策を試すというやり方です。
Q: 普段のワークフローについて教えてください。
A: 基本的に、私がコンポジットで心がけているのは、実世界の事象にできるだけ近づけるということです。ノードグラフでも、レイヤーやエフェクトの分類や優先順位を実世界と同じように考えています。また、コンプ作業は最も簡単な部分から、まずはシンプルで時間のかからないテクニックでやってみて、うまくいかなければ複雑なやり方を考えることにしています
普段からデータ管理をきちんと行っておくことで、イテレーションを繰り返した後で変更を加えたり、Nukeスクリプトを他のコンポジターに渡して作業を引き継いでもらったりする際に助かります。
Q: 仕事のやり方に長年にわたる変化はありましたか。
A: 会社や作品によって、仕事のやり方やワークフローは大きく変わります。たとえば、小規模なプロダクションにいた時は、VFX編集やカラーマネジメントなど、コンポジット以外にもやらなければならないことがあって、そうした作業についてはNuke Studioを使用してチームの初期コンポジットの作成と管理を行い、その後NukeとNukeXで最終コンプを作成していました。
大きなスタジオで知名度の高い長編映画に携わるようになると、コンポジットの精度とリアリズムが優先されるようになりました。そのため、ミスを減らし、より細かいディテールにこだわるようにアプローチを変える必要がありました。
Q: 長編映画とテレビ番組の両方を手掛けていらっしゃいますが、主な違いは何でしょうか。また、どちらかを選ぶとしたら、どちらを選びますか。
A: 長編映画とテレビ番組は、全く異なる点もあれば、非常によく似ている点もあります。作品にもよりますし、プロダクションや予算によっても違います。テレビ番組の中には、クオリティにおいて大ヒット映画に引けを取らないものもあります。全体的に、長編映画では各ショットの納品までの時間が長めで、レビューやクオリティチェックの回数も多いですし、より効率的なコンポジット方法を探す時間的な余裕もあります。一方、エピソード番組は短納期で、作業ペースも速く、クオリティとのバランスを保ちながら時間通りにショットを納品しなければなりません。
どちらかを選ぶとしたら、長編映画を選びますね。ショットにかける時間が長い方が、よりクリエイティブになれますし、作品に自分の個性を織り込むことができますから。
Q: Nukeはプロジェクト制作にどのように役立っていますか。どのような問題解決ができるのでしょうか。
A: ほとんどのスタジオは、ソフトウェアのアップデートや技術的な問題についてFoundryとコミュニケーションを取っています。Nukeの新機能の多くは、ユーザーや企業からのチケットやリクエストに基づいたものです。Foundryはユーザーの声に非常にオープンに耳を傾け、そのニーズを製品開発に反映させています。
普段は、Foundry コミュニティで技術的な解決策を見つけたり、Foundryのスペシャリストに質問して答えてもらったりしています。
Q: Nukeを使い始めた時期とそのきっかけを教えてください。
A: Nukeに移行する前の2014年頃は、After Effectsで作業していたのですが、ある時、コンポジットでやりたいことに多くの制限があると感じ、問題を解決できずにエラーが続くことがありました。そんな時、Nukeのことを知り、自分に合ったツールを見つけることができました。
Q: Nukeへの移行についてはどうでしたか。
A: 他のコンポジットソフトウェアを使ったことがある人よりも、コンポジットの経験がない人の方が、Nukeは習得しやすいと思います。
まずは、こだわりを捨てること、つまり、大手プロダクションのプロのコンポジターがやっているようなことです。アルファチャンネルを高度に使うとか、大きなタイムラインを作らないとかといった考え方は、最初は少し戸惑いましたが、Foundryのウェブサイトにあるドキュメントやチュートリアルが大いに役立ちました。
Q: Nukeの中で特に気に入っている機能について教えて下さい。
A: 一番気に入っているのは、やはりノードベースのコンポジットシステムですね。もうひとつは、非破壊で作業が行えることです。Nukeがハイエンドなプロダクションで使われているのは、こうした理由によるものです。
他にも、スクリプトエディタや非常にダイナミックで最適化されたスマートビューアシステム、Nukeがサポートするさまざまなコーディング言語なども気に入っています。
Q: 他のコンポジットソフトウェアに比べ、Nukeはどのような点で優れていると思われますか。
A: Nukeはソフトウェアエンジニアリングの最先端であると思っています。なぜなら、その背後には素晴らしいアーキテクチャがあり、ユーザーは自由にソフトウェアを使用し、カスタマイズすることが可能ですし、なおかつ非常に安定したパフォーマンスを提供してくれるからです。高い柔軟性と非破壊性、高度な最適化により、大手プロダクションに不可欠な安定したパフォーマンスと信頼性を実現しています。
Q: Nukeのタイムラインツール(Nuke Studio、Hiero、HieroPlayer)は使用していますか。その場合、どのような時に使用しますか。
A: Nuke StudioをVFX編集のメインソフトとして、またショットの管理やレビューのために使った経験があります。
Nuke Studioは小規模プロダクションにとって救世主になるかもしれません。適切なアセットマネジメントパイプラインやプロジェクトトラッキングシステムがない場合、Nuke Studioでコンポジット側のこうしたプロセスの大部分を代替することができます。
Q: Nuke 14シリーズに搭載してほしい新機能はありますか。
A: より高度な、あるいはAIベースのオブジェクト除去ツール、エッジテクスチャを保持する機能を備えたエッジ拡張ツールですね。
また、ノードグラフのノードパラメータをプリセットとして保存し、別のコンプスクリプトを開いたりインポートしたりせずに、保存したプリセットの中から選択できるようにする機能も必要です。ノードプリセットに似ていますが、ノードグラフ全体に対応していれば、コンプのルックデブ段階でさまざまなバリエーションを比較するのに役立つでしょう。
Q: 仕事のほか、Nukeのツール開発者としても活躍されていますが、Nukeのツール開発を始めたきっかけは何ですか。
A: コンポジットは、クリエイティビティとテクニカルスキルの組み合わせですから、私は常に双方のバランスを保つよう心がけています。AE_MachinegunやGlitchのようなクリエイティブツールを作り始めたのはそのためで、最近では、TypewriterやAE_ACII_Renderのようなテキストベースのツールも作っているのですが、クリエイティブなエフェクトをよりプロシージャルに、自動化することができるため、クリエティブなディテールに集中する時間が増えて、気に入っています。同じエフェクトを複数のショットに適用したり、変更を加えたりする場合にも、クリエイティビティを犠牲にする必要はありません。
ツールだけでなく、日々の手間を省くために、ノードやファイルのバッチ処理や反復処理を自動化するスクリプトをPythonで書くのも好きです。作業をさらに効率化し、節約した時間をクリエイティブに費やすことができます。
Q: オンラインのコンポジットマスタークラスの講師を始められたきっかけは何ですか。
A: この数年間、一緒に仕事をした多くの人から、受講した講座やその内容について話を聞いたのがきっかけになりました。
そこで、実際にジュニアコンポジターやRoto/Prepアーティストとして働く際に必要な知識や、企業が期待することを学べるように、オンラインコースを録画し始めたのです。コンポジットは、ただ単にフルCGのかっこいいショットを作ったり、エフェクトノードを連結したりすることではありません。完璧にレンダリングされたイメージをカメラで撮影したかのように見せる、非常に細かいディテールに対する鋭い目を持つことが重要なのです。
Q: VFX業界を志すコンポジターに、何かアドバイスはありますか。
A: コンポジットはトラブルシューティングのようなものだと思っています。クリエイティブでアーティスティックな視点はとても重要ですが、結局、どのショットにも経験したことのない新しい課題があり、迅速な解決策を見出してショットを完成させなければならないのです。
コンポジットはVFX業界の中でも非常に面白い仕事ですが、忍耐力が必要ですし、変更や要望に対してある種の柔軟性が求められます。コンポジットはVFXプロセスの最終段階であり、ディレクターは長い作業と努力の末にショットを見るので、コンプ段階で変更指示を出すことはよくあります。
Q: VFX業界の未来をどのように見ていますか。また、長期的に続くと思われるトレンドはありますか。
A: 確かに、AIベースのソフトウェアや機械学習技術の向上によって、変わっていくVFXのルールもあるでしょう。AIによって奪われてしまう仕事があるとは言いたくありませんが、もちろん、変化する仕事はあるでしょう。
バーチャルプロダクションも、コンポジット作業に変化をもたらすトレンドのひとつです。コンポジターがクロマキーショットを扱う機会は減るかもしれませんが、変更が必要な場合に、LEDウォールで撮影されたショットで作業を行う必要性はあります。場合によっては、クロマキー作業全体が簡単かつ迅速に行え、シームレスなルックを実現することができます。