Artist Spotlight: Lilia Collar

Image courtesy of © 2022 MARVEL and Digital Domain

すべてはディテールに宿る。

他の業界で経験を積んだあと、自分のアートスタイルにもっとも適した表現方法を見つけるアーティストがいる。VFX業界でビジュアルストーリーテリングを制作するLilia Collarも、以前は生物学や文字に情熱を持っていた。現在、モントリオールのDigital Domainでリードコンポジターを務めるLiliaは、多くの実写映画のほか、『シー・ハルク:ザ・アトーニー』や『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、『ファウンデーション』などのエピソード作品や長編アニメーションプロジェクトにも携わってきた。

仕事に情熱をかけるアーティストに、手がけた作品の中でお気に入りのものを尋ねるのは酷かもしれないが、Liliaは次のように答える。

「一つだけ選ぶのは難しいですが、『X-MEN:ダーク・フェニックス』と『シー・ハルク:ザ・アトーニー』でしょうか。どちらもまったく異なるプロジェクトですが、主人公のキャラクターを繊細かつ複雑でエレガントに見せるという、共通した課題がありました。また、どちらの作品も素晴らしいチームとコラボレーションによって、完成までたどりつくことができました」。

今年のVESアワードで最優秀キャラクター・アニメーション賞[ドラマ部門/リアルタイム部門]にノミネートされた『シー・ハルク:ザ・アトーニー』について、そして、FoundryのパワフルなコンポジットツールNukeが、映画品質のVFXを作り上げる上でどのように活用されたかについて話を聞いた。

「Nukeを知ったのは、ベルギーで毎年開催されるアニメーションの祭典Animaでの業界セッションでした。ヨーロッパとベルギーの参加企業が、AVトレーニングを受けたことのある人を対象に、9ヶ月の専門コースでNukeを学ぶ候補者を探していたのです。これは、成長著しいVFX業界において、Nukeアーティストの需要が高まっていることへの対応でした。このトレーニングの集大成として参加した2ヶ月間のインターンシップで、プロの世界に飛び込むための覚悟ができました」。

これから業界を目指すアーティストへのアドバイスや、Liliaが注目するVFXトレンドについてご紹介しよう。

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Q: ご自身の新作『シー・ハルク:ザ・アトーニー』について教えてください。

A: 私はこの作品にデジタルコンポジターの1人として参加し、全部で18のシークエンスでシー・ハルクの衣装や髪型、ライティングなど、非常に広範囲にわたる作業を担当しました。そのすべてにおいて完璧に、シー・ハルクらしさを表現することが求められました。作業中、ちょっとした違いでハルクらしさが失われてしまうことに気づき、顔色やメイク、全体のルックを常に同じにすることにかなりの労力を費やしました。

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Q: 担当したショットやシーンで気に入っているものがあれば教えてください。

A: 一番思い入れが強いのは、もっとも手をかけたシーンです。9ヶ月もの間、一つのアセットにとことん向き合うと、いつの間にかアセットがキャラクターを持ち始めるものです。作品との相性も非常に良かったのでしょう。最初に担当したのは、オフィス内で遠目にシー・ハルクが歩いているショットで、その後、オフィスでの一対一の会話、そして彼女の私生活、最後に出会い系アプリ用の写真を撮るという、とてもデリケートで可愛らしいショットを手がけました。コンポジターとしては、もちろん常に最高のクオリティでショットを仕上げようと努めていますが、こうしたデリケートなシーンを作成する際は何かしら特別なものを感じ、さまざまな感情が込められた瞬間を繊細なタッチで表現したいと思うのです。シー・ハルクをリアルに表現するために、微妙なニュアンスの調整にほとんどの時間を費やしました。メイク、年齢、髪型はもちろん、緑色の肌のトーンについては、グレーディング、シェーディング、他のチームのIDとコンプで作成したIDを組み合わせて、特に注意を払いました。

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Q: シー・ハルクのルックはどのように作られたのでしょうか。

A: 私が加わったのは、プロジェクトが開始されてしばらくたってからでしたが、コンポジットはまだ始まったばかりでした。シー・ハルクのルック作成については、チームがその手順や方法を提案し、スーパーバイザーがその実現を導くという、かなりシステマティックなやり方で行われました。アーティスティックなルックを実現するために、かつできるだけ容易にイテレーションを行えるように、他チームともコンスタントに連携を取り合って必要なものをすべて揃えました。Nukeのノードシステムは、特定のルックのテンプレート作成やチーム内での手順の共有が非常に簡単に行えます。イテレーションを迅速に行うためには、特定の領域に加えた変更が他に影響を及ばさないように、一つ一つの処理が独立していなければならないことも念頭に置いておく必要があります。本作では、膨大なデータ量を処理する必要があったので、確立された一連のコンポジットプロセスを利用できたことが、高いクオリティと物量を短時間で実現するカギになったと思います。

 

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Q: シー・ハルクの変身シーンのコンプのポイントはどのあたりにありましたか。

A: 変身シーンでは、VFXスーパーバイザーのJan Philip CramerとMichael Melchiorreからアートコンセプトについての明確なレクチャーがありました。我々に求められたのは、非常にシンプルでありながら、同時に非常にエレガントな表現です。バランス感覚を身につけ、自分で力をコントロールできるようになったシー・ハルクは、流れるように美しく変身するため、唐突であったり、暴力的であったり、痛みや恐怖を伴うように見えることは避けなければなりません。変身の経過にともなって、静脈や肌のトーンの変化など、できる限りのディテールを加えました。この変身ショットでは、ライティングとFXの両チームにサポートしてもらい、可能な限り多くの素材を提供してもらいました。求められるルックを実現するためにその素材をどのように活用するかは、コンポジット担当者の腕の見せ所です。少なすぎても多すぎてもいけません。

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Q: 『シー・ハルク:ザ・アトーニー』のコンポジットで大変だったのはどのような点でしょうか。

A: 最大の課題は、シリーズの流れの中で、説得力のあるデジタルヒューマンを作ることでした。大抵のデジタルヒューマンは、煙や炎、爆発、非常にダイナミックなカメラの動きなど、アクションの中で使用されることが多く、それ自体をよく見たり、頻繁に目にしたりすることはありません。

このシリーズでは、シー・ハルクの日常を非常に間近で捉えたショットを作成しなければなりませんでした。オフィスや裁判所、バーなど、ごく普通の生活環境の中で、他の登場人物とコミュニケーションをとる状況では、普通はどう見えるかという点に見る側が非常に敏感になるので、必然的に作業の難易度が上がることになります。見る側に一定の期待があるわけです。コンポジターとして、合成は作業のほんの始まりでしかなく、シー・ハルクをリアルに表現するための微妙な調整に多くの時間を費やしました。

Q: 厳しい納期の中で映画クオリティのVFXを実現するにはどうしたらよいでしょうか。

A: 大切なのはチームワークです。全員が高い専門性を持ち、常に最高のクオリティを提供することです。そういうメンバーが集まって、状況に応じてもっとも効率的でハイクオリティなルックを実現できるアプローチを見出し、実践するのです。

こうしたプロジェクトに参加する場合、アートコンセプトとその背後にある目的を素早く理解することが非常に重要です。伝えるべきことがわかれば、自分の担当する作業の範囲やテクニックを模索することができます。さらに、できるだけ早くアイディアを提案し、そのアイディアに対してオープンで柔軟な対応ができるように準備しておく必要があります。スーパーバイザーはいつでも質問に答えてくれますし、クライアントの求めるルックの実現に導いてくれます。

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また、アート/テクニックの両面で検討した内容を、非常に構造化されたショット制作のプロセスでどのように活用するか、早い段階で考えておくべきでしょう。目の輪郭を描くのに完璧な方法を探すのに時間を費やしたのであれば、同じことに時間をかけるのではなく、それをベースに作業を進めることです。テンプレート化、コンプツールの高度なコントロールや理解、コンプの構成や最適化は、ハイクオリティ/ハイボリュームのプロジェクトを高速でイテレーション処理し、きわめて厳しい納期に対応する上で非常に役立ちました。

Q: 『シー・ハルク:ザ・アトーニー』とこれまで手掛けた他のプロジェクトに何か違いはありましたか。

A: すべてのプロジェクトは同じであり、同時に異なっています。高い水準のビジュアルを速いペースで作成することが求められるという点においては、この作品も同様でしたが、個々のショットのディテールにこだわった膨大な作業量は、他のプロジェクトとは桁違いでした。

Q: すべてのプロジェクトでNukeを使用していますか。また、Nukeによってどのような課題が解決できますか。

A: すべてのプロジェクトにNukeを使用しています。Nukeは非常に柔軟で汎用性の高いソフトウェアです。長年にわたり、さまざまなプロジェクトやニーズにおいて、コンポジットのあらゆる側面で使用してきました。

Q: Nukeの機能の中で最も便利だと思うものと、その理由を教えてください。

A: 特に気に入っているのは、Nukeのノードベースのコンポジットの柔軟性です。また、その汎用性の高さも非常に魅力的です。コアツールをコントロールできればどんな表現でも実現は可能ですが、使いこなすにはNukeを深く知る必要があります。

このプロジェクトで不可欠な役割を担ったのが、Nukeの堅牢なカラーマネジメント機能です。この機能を利用し、さまざまなライティング条件やカメラによって構成された作品の全体を通して、ルックの一貫性と説得力を維持することができました。Nukeのもう一つの重要な特徴は、マルチレイヤーのEXRで多数のIDマスクを扱えることです。シー・ハルクのルック制作、主演のタチアナ・マスラニーに限りなく近づける微調整を行ううえで、こうした機能は欠かせないものでした。

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Q: 今後Nukeに搭載してほしい機能はありますか。

A: USDと、チーム間コラボレーションの可能性を開くUSDワークフローのポテンシャルに大きな期待を寄せています。

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Q: Nukeの購入を検討している若手アーティストのために、アドバイスはありますか。

A: ジュニアアーティストや学生にとって必要なのは、「経験」「多用なタスク」「メンター」の3つの要素です。

コンポジターにも学習曲線というものが実際に存在して、多くのコンポジターがソフトウェア習得の難易度の高さや業界の現実に直面し、スタート地点、あるいはコンポジットを始めて3〜5年の間に挫折を経験します。スタート時には、表現したいことがありながら、それをかたちにする技術力がないことにもどかしさを感じるかもしれませんが、その後技術力が身についてくると、今度は何を表現したいのかわからなくなってしまうというジレンマを感じるようになります。前進するためには、両者のバランスをとりながら実践を積み、経験を重ねることが大切です。

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一つの学習や作業に集中するタイプのアーティストもいますが、若手アーティストの皆さんには、できるだけ多くのプレート、キャラクター、エレメント、FX、マットペイントにできるだけ早い時期に触れておくことをおすすめします。そうすることで、技術的にも芸術的にもソフトを使いこなす幅が広がり、バランスのとれたアーティストになることができます。また、業界で求められる視覚的要件についても、状況に応じて学ぶ必要があるでしょう。

助言をくれたり相談にのってくれたりするメンターがそばにいることで、この学びを大幅に効率化し、スピードアップを図ることができます。VFX業界は共同作業の場です。必要に応じて要件を再現したり、変更したりできるようになるには、先達から学ぶことが一番の近道です。

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Q: VFX業界を志すアーティストに、何かアドバイスはありますか。どのようなチャンスを探るべきでしょうか。

A: この業界に入ったばかりの方は、まず自分がどのようなキャリアパスを歩みたいかを考えてみてください。そして、その分野で最も広く使われているソフトウェアは何かということを調べて、そこに焦点を当てることから始めましょう。業界のカンファレンスに参加すると、どのようなトレーニングや学校、チャンスがあるのかがよくわかります。結局のところ、大切なのは基本を正しく学ぶことです。

Q: 業界やコンポジティングの今後のトレンドで、特に期待しているものはありますか。

A: AIはすでにコンポジット作業でも活用されていますが、近い将来、さらにその影響範囲や応用範囲が拡大することを期待しています。プロシージャルなアプローチを駆使して、できるだけ多くの時間をクリエイティブな作業に充てたいと考える私としては、非常に楽しみなことです。

フォトリアルなシー・ハルクのCG制作プロセスを解説するウェビナーをご視聴いただけます:

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