BBCドラマ『Boat Story』のVFXメイキング
雨粒、荒れ狂う海、CGボート — Vine FXによる嵐のシーン制作
広い海を進む小さなボート、その周りを動き回る役者たち──こうしたシーンを作り上げるのはコンポジットチームにとって大きな挑戦だ。さらに、激しい嵐や荒れた海を再現し、カメラのメタデータがないとなれば、作業は一層困難を極める。BBCのスリラー『Boat Story』とParamount+のドラマ『No Escape』で、Vine FXが直面した課題の大きさがおわかりいただけるだろう。
Vine FXは、英国ケンブリッジを拠点とする実力派のVFXスタジオで、これまでに『The Lazarus Project』、『ウィッチャー』、『ツーリスト』など、さまざまな映画やTV作品でエフェクトを手がけてきた。リードVFXコンポジターのVahik Asoyan氏とコンポジティングスーパーバイザー(現在は2D部門責任者)のMax Alexander氏に、Nukeを使った天候や波の制御の詳細について話を聞いた。
リアルな嵐のエレメント
『No Escape』でVine FXは、広大な海や砕ける波、激しい嵐のシーンを約500ショット担当し、そこで習得した表現テクニックを、同じく嵐の海を描いた『Boat Story』に応用した。『Boat Story』では、嵐の海に加えてCGで作られたボートも登場する。
これらのシーンを合成するにあたり、チームはリアルな雨、霧、霞をどのように作るかを考えなければならなかった。さらに、激しい風を表現し、シーンに奥行きを持たせるために前景の要素を追加しながら、暴風による激しい波の動きを作り出しつつ、シーンが見づらくならないようにする必要があった。また、嵐特有の混沌とした雰囲気を損なわないよう、均一感を避けることも求められた。
VFXで説得力のある嵐のエフェクトを作り出すのは、決して簡単なことではない。Vine FXのリードVFXコンポジターであるVahik Asoyan氏は次のように説明している。「技術的な課題に加え、すべての要素をシームレスに統合し、現実的なエフェクトを再現する必要がありました」。
リアルな雨の表現技術
雨の表現には、細部への細心の注意が必要だった。チームはNukeのパーティクルシステムを使って、大小2種類の雨の粒子を作成した。そこに乱流や風、方向速度などのパーティクル効果や力を適用した後、Asoyan氏はさらにリアルな動きを実現するための工夫を発見した。それは、プレート自体と同じ方向にシーン全体を動かして、リアルなモーションブラーをもう一層追加するというものだった。
雨滴が均一に見えるのを避けるために、Vine FXはMultiplyとBlurを使って工夫した。雨のパーティクルを三つのブランチに分け、それぞれにソースプレートから異なるタイプのぼかし(一つは全体的に大きなぼかし、他の二つは小さなぼかし)をかけたハイライトを乗算した。これにより、小さなハイライトの強さを調整したり、ぼかしの範囲を狭めたりすることで、リアルな雨の表現を細かくコントロールできるようになった。
最終的なディテールについては、Ben McEwan氏によるCameraShake Gizmoを使用した。メインコンプにはモーションブラーを適用し、それ以外には適用しないことで、同じ粒子感を維持した。また、Neat Videoプラグインを使用して、映像のクオリティを保ちながらノイズをコントロールした。さらに、この雨のパーティクルを使って、FurnaceCoreノードのF_ReGrainを利用し、シークエンス内のライトにわずかな歪みを加えた。
嵐のボートシーンのエレメント配置
嵐の中のボートシーンを作る際、カメラの焦点距離のメタデータがなかったため、役者やボートといったエレメントを適切に配置することがチームにとって困難な課題となった。ロトスコープしたエレメントをカメラからの適切な距離に正確に配置するため、チームはNukeのマッチムーブとディープコンポジットのノードセットに加え、NukepediaのImagePlane Gizmoを使用した。
これにより、基準となるフレームを設定し、カメラの動きとImagePlaneを連携させることで、両者が一体となって動くようにした。次に、ロトとカメラを同期させるために、フレームエクスプレッションを使用してカメラの距離を完全に制御し、より正確にロトを配置した。
雨のパーティクルにも同じプロセスを使用して、役者と他のエレメントを雨の中に配置し、背景エレメントをその後ろに、前景の雨が役者の前に配置されるようにした。
CGボートの追加と2Dアプローチ
『Boat Story』では、シーンにCGボートを追加するという、『No Escape』にはなかった課題に直面した。3Dでのアニメーションを避けるために、実写映像からアニメーションされたボートを取り出してスタビライズさせた後、3Dレンダーから静止カメラを取得し、マッチムーブを使用して同じ動きを再現した。
「監督たちは本当に嵐のようなシーンを望んでいましたし、3Dでなければうまくいかなかったと思います」とコンポジティングスーパーバイザーのMax Alexander氏は説明する。「当初は2Dになると思っていたのですが、結局はフル3Dで作成し、それからコンポジットに渡しました」。
あるシーンでは、海や水の相互作用、小さなRIBボート(硬性膨張ボート)まで、CGボート以外はすべて2Dで表現されている。この2Dアプローチでは、チームはデジタルマットペインティングで作成した空の画像を使い、それをプレートに合わせてマッチムーブした。海のエレメントをスタビライズした後、Nukeでスケーリングや圧縮などの変形操作を行って微調整し、その結果、霧や霞など、シーンのリアリズムを高める要素に集中することができた。
「最初は、嵐の海をあらかじめ撮影した映像を使って、すべてを迅速に仕上げる予定でした」とAsoyan氏は説明する。「コンポジットの観点から見ると興味深いアプローチでしたが、徐々に海の見え方を思い通りにコントロールするのが難しいことがわかってきました。角度、ライティング、嵐の激しさなど、我々の要件に合う2D要素を見つけるのが大変だったのです。徹底的な調査の結果、すべてのエレメントをうまく融合させて望ましい結果を得ることができました」。
『Boat Story』のVFXに関する詳しい解説はYouTube Liveでご覧いただけます。: