NukeXとHieroPlayerで、コンポジティング課題に挑む
『Argonuts』(原題:Pattie et la colère de Poséidon)は、超賢いネズミのパティと、その友達の赤毛のネコ、サムの物語を描いたファミリー向けアドベンチャー長編アニメーションだ。古代ギリシャの港町ヨルコスをポセイドンの怒りから救おうと旅に出る彼らは、ギリシャ神話の神々や擬人化された生き物たちに出会う。
この作品を手がけたTAT Productionsは、他にはないストーリーを描きその手腕を発揮した。フランスのトゥールーズに拠点を置くこのスタジオは、23年前にDavid Alaux氏とEric and Jean-François Tosti氏によって設立された。彼らの最も著名なプロジェクトである『The Jungle Bunch』は国際エミー賞を受賞し、200カ国以上で放送され、50カ国語に翻訳されている。過去5年間に、『The Jungle Bunch(2017年)』、『僕とロボと不思議な惑星(2019年)』、『Pil’s Adventure ピルの冒険(2021年)』と、2年に1作のペースで作品をリリースし、ヨーロッパでもっとも多くの映画作品を手がけるスタジオの一つに成長した。
『Argonuts』の制作において、TAT Productionsは、業界標準の高度なコンポジットツールキットNukeXと、全体の流れの中でショットのレビューを行えるHieroPlayerの機能を組み合わせて活用した。
テクニカルディレクターのRomain Teyssonneyre氏に、TAT Productionsのクリエイティブなプロセス、またワークフローやソリューションについて話を聞いた。
はじまり
「私たちは、『Pil’s Adventure ピルの冒険』の制作にあたり、2020年にAfter EffectsからNukeXに移行しました。2人のテクニカルアーティスト、Jérômes DesplasとKevin Kergoat の協力を得て、研究開発に6ヶ月費やしてまったく新しいワークフローを構築し、余裕を持って制作に入ることができました」とTeyssonneyre氏は言う。
以来、パイプラインの構想・構築は、CGデベロッパーのRomain Truchon氏の助けを借りて、コンポジットパイプラインスーパーバイザーのColin Wibaux氏が担っている。現在、TAT Productionsのコンポジットスーパーバイザーを務めるJustine Thibaut氏について、Teyssonneyre氏は次のように話す。「彼女は全プロジェクトにおいて、アーティスティックな視点を持ちながら、制作サイドからパイプラインの推進をサポートしています」。
Nukeへの移行以前は、例えば、ディープコンポジットは使えず、レンダリングされたカットアウトを使用するなど、ポストレンダリングでライティングの調整を行う場合の選択肢が限られており、柔軟なCGレンダリングを行うことができなかった。そこで採用されたのがNukeXだ。
Foundryの先進的なコンポジットツールセットNukeXへの移行の理由について、Teyssonneyre氏は次のように説明する。「V-RayのBack To Beautyを使えるようにしたいと考えていました。具体的には、beautyで直接作業するのではなく、ライトのAOVを追加して作業できるようにすることです。また、ディープコンポジットを使用して、カットアウトのマスクのためだけにショットを何度もレンダリングするのを避ける意味合いもありましたし、CryptomatteやViewport 3 D、DeepToPointsの活用も意図していました」。
3Dパイプラインの探究
TAT Productionsのコンポジットパイプラインを掘り下げる前に、まずは、その3Dパイプラインについて見てみよう。同スタジオでは、ライティング/レンダリングに3ds MaxとV-rayを使用している。
VFXチームは、画像のすべての要素を専用のレイヤーに分離する、La PassTechというツールを社内開発し、コンプを完全にクリエイティブコントロールしている。
このツールを使って分離された各メインキャラクター、補助的キャラクターのグループや群衆、前景、背景、火、煙、水、ボリュームライトの各レイヤーを、マルチチャンネルEXRのさまざまなAOVで最大で3つのパスにレンダリングする。
レンダリングプロセスとカスタムツールの開発
こうしたマルチチャンネルEXR には、最終的なイメージを構成するために最大6つのライトグループと、Albedo、SSS、VelocityなどのテクニカルAOVを保存することができる。
オクルージョンについては、カスタムオーバーライドシェーダーを使用して、環境、キャラクター、ファー、不透明度マップなどのさまざまなdistanceを管理。上記のパスには、Cryptomatte、法線、位置参照パス (PRef) 、カスタムオブジェクトIDなど、多くのテクニカルAOVも含まれている。
最後に、Z情報だけが含まれたDeepイメージをレンダリングする。
「ご覧のように、私たちのレンダリングプロセスはかなり負荷が高いものです。最終的なイメージの平均レンダリング時間は6〜8時間で、大規模なショットでは15時間以上かかることもあります。社内には280のノードと200のワークステーションからなるレンダーファームがあり、全てをDeadlineで管理しています」とTeyssonneyre氏は話す。
さらにTAT Productionsは、レンダリングとAOV検証のためだけにパスをスタックするNukeジョブを起動する、プリコンプの内部プロセスを実装した。「ここでは、3 Dシーンからインポートする代わりに、EXRからメタデータを抽出して、レンダリングに完全に一致するNuke Cameraをエクスポートします」とTeyssonneyre氏は説明する。
Nukeは、各スタジオがそれぞれの課題やワークフローに応じて、その使い方を選択することができる。TAT Productionでは、NukeXを中心にしたパイプラインの構築と、ワークフロー改善のためのツール開発を行った。その一つがショット作成に使用されたThe Legoだ。
「最初に開発したツールThe Legoは、ショットを作成し、すべてのイメージシークエンスをインポートするためのものでした。ショット名を表示しなければならないので、他のシークエンスの設定を決める最初のショットをKey Shot、すべての設定が別のショットからコピーされ、内容だけが更新されるショットをBaby Shotとしました」。
Legoを使用して、ノードグラフの右側にインポートされたレイヤーが表示され、背景や群衆の数、キャラクターレイヤーやFXまで、ショットのコンテンツに応じてレイヤーテンプレートを複製、削除することができる。アーティストはすべてのレイヤーのすべてのAOVにアクセス可能だ。
真ん中には、モーションブラー、フォグ、被写界深度、ライトラップなど、ショットのすべての要素に対応するグローバルコントローラーがある。
左側のエリアは、デジタルマットペイント(DMP)、パーティクル、空などのショットに特化した作業に使用された。
上の画像は、Holdoutとレイヤー順序の管理のために自社開発されたツールFeng-shuiだ。多くのレイヤーを含む大きなコンプ作業で、アーティストにとって作業効率を大幅に向上させることができる素晴らしいツールで、レイヤーへのアクセス、精査、順序の変更を全てシンプルなウィンドウで行うことができる。
Nuke14.0で搭載された必須ツールBokehにヒントを得て、TAT Productionsは、ZDefocusをベースとした社内Depth of FieldツールOptical Defocusを開発した。
最後に開発されたのがPosition Matteで、これは、DeepとPosition Worldの情報に基づいて、カスタムのPosition Matte、Zデプス、3Dノイズ、バーチカルマットを作成することができるツール。こうしたツールは全てDeepで演算を行うため、アンチエイリアスは維持され、エッジアーティファクトはほぼない。Teyssonneyre氏によれば、「EXRメタデータから抽出されたショットカメラにすべてリンクされているので、手動でロトスコープする必要はない」という。
レビュー
「すべてのショットは、NukeXとDeadlineを使用してレンダリングし、軽いノイズ除去を施しました。また、パフォーマンスレビューのために、すべてのEXRシークエンスのプロキシビデオを作成しました」とTeyssonneyre氏。
レビューに関しては、Foundryの柔軟なHieroPlayerを利用した。これは、全体の流れの中でショットをレビューし、レンダリングバージョンを効率的に比較することができる無償ツール。
「HieroPlayer が Nuke と NukeX で使用できるようになったタイミングで、複数のタイムラインで複数のショットをレビューするために、パイプラインに統合しました」。TAT Productionsは、ライティング(プロキシ)、ライティング/プリコンプ(EXR)、コンプ(プロキシ)、ノイズ除去(EXR)、コンプ(EXR)、ノイズ除去(プロキシ)のレビューにHieroPlayerを使用した。
上図のように、HieroPlayerによりシークエンス全体を同時にチェックし、すべてのステップを視覚化することができた。
「さらに、これを社内のプロダクショントラッカーにリンクして、ショットのステータスを直接変更できるようにしました」。
技術課題への対応
『Argonuts』でもっとも大きな技術課題の一つだったのが、ゼウスが水がめを覗きながら主人公の冒険を見物し、いたずらをするシークエンスだ。
Teyssonneyre氏は次のように説明する。「3Dではシーンを分けていたのですが、コンテンツが複雑だったため、LODやその他のアセットを作成する余裕がなかったのです。そこで、各シーンを別々にレンダリングし、FX、カメラの動き、視差の管理を行いながら、コンポジットで再統合しました」。
未来へ
今後予定されている作品については、「現在、TAT Productionsにとって5作目、6作目となる『The Jungle Bunch 2』(2023年公開予定)と『Pets on a train』(2025年公開予定)のほか、2024年リリース予定のNetflixシリーズ『Asterix』の制作を行なっているところです」という。
そして、その制作をサポートするのがNukeXだ。「先にお話ししたカスタムツールについては、さまざまなプロジェクトでの利用を考えて作成されたもので、NukeXのいくつものバージョンにわたって保持してきました。今後もこのワークフローでNukeXを継続的に改善しながら使い続けていくつもりですし、ACES/HDRワークフローにも注目しています」とTeyssonneyre氏は話す。
TAT Productionsは、見るだけで観客の心を揺さぶり感情に語りかけるストーリーを作る、アニメーションの語り手だ。本作を見れば、その理由がわかるはずだ。きっと忘れられないストーリーになるだろう。